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毛越寺(もうつうじ) [岩手県]

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 寺伝によると、850年慈覚大師が東北巡遊のおり、この地にさしかかると、一面霧に覆われ一歩も前に進めなくなり、ふと足元を見ると、地面に点々と白鹿の毛が落ちておりました。大師は不思議に思いその毛をたどると、前方に白鹿がうずくまっており、大師が近づくと、白鹿は姿をかき消し、やがてどこからともなく、一人の白髪の老人が現われ、この地に堂宇を建立して霊場にせよと告げたのがれが毛越寺の起こりとされています。

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 毛越寺は慈覚大師円仁が開山し、藤原氏二代基衡(もとひら)から三代秀衡(ひでひら)の時代に多くの伽藍が造営され、往時には堂塔40僧坊500を数え、中尊寺をしのぐほどの規模と華麗さであったといわれていますが、奥州藤原氏滅亡後、度重なる災禍に遭いすべての建物が焼失したが、現在大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構がほぼ完全な状態で保存されており、国の特別史跡・特別名勝の二重の指定を受けています。

岩手県西磐井郡平泉町
JR東北本線、平泉駅

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中尊寺(ちゅうそんじ) [岩手県]

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 中尊寺は850年比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)によって開かれ、その後、12世紀のはじめに奥州藤原氏初代清衡公によって大規模な堂塔の造営が行われた。

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 鎌倉時代以降、大きな庇護者をうしなった中尊寺は次第に衰退し、1337年の火災で惜しいことに多くの堂塔、宝物を焼失しましが、国宝建造物第1号の金色堂をはじめ、建築、絵画、書跡、工芸、彫刻、考古、民俗の各分野にわたる文化遺産が現在まで良好に伝えられ、2011年に中尊寺を含む「平泉の文化遺産」が世界文化遺産に登載されました。

岩手県西磐井郡平泉町
JR東北本線、平泉駅


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